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 浜峰のひものトップページ > 一魚一会に感謝 > 2008年06月30日 熊野古道の賑わいと味わい
一魚一会に感謝
2008年06月30日
熊野古道の賑わいと味わい

歌人として名高い藤原定家は、18歳から74歳までの56年にわたる克明な日記『明月記』を残したことでも知られている。その定家が後鳥羽天皇の熊野行幸随行時に『熊野御幸記』を記したのは1201年のこと、役人として先発隊で諸準備に奔走する彼の愚痴やぼやき満載のこの日記は、人間味あふれる記述として現在でも楽しめる読み物である。
定家が苦労しつつ旅を続けた熊野古道はもちろん『紀伊路』、それが『紀伊半島の霊場と参詣道』として世界遺産に登録されたのは、彼に遅れること800年後の2004年7月のこと。この世界遺産登録には、熊野古道『伊勢路』の再生が大きく寄与したことは案外知られていない。

平安時代末期に編まれた歌謡集『梁塵秘抄』には、『紀路と伊勢路とどれ近し、どれ遠し』と歌われ、『伊勢路』にも大勢の旅人の姿があったことがうかがえる。明治以降急速に衰退した『伊勢路』はその大部分が国道・林道へと姿を変え、古道としての存在は地域の記憶からも消えゆく運命にあったのだろう。

伊勢神宮から熊野三山へといたる『伊勢路』が通る地域は、行政用語としては地域活力が低下していると表現される。その地域に再び活気を取り戻すために注目されたのが、地域を縦貫する熊野古道である。かつて『信仰の道』であった古道を、地域の未来につながる『振興の道』へと転換することを選択したのだった。

日本書紀にも登場するイザナミの墓所・花の窟が見下ろす七里御浜、海岸浸食の進行は浜の姿を変えつつあるが、国道沿いに残る巡礼の受難碑は、この浜が古道『浜街道』であったことを今に伝えてくれる。巡礼の親娘が行き暮れた浜は、今や古道歩きのハイカーの格好の癒し空間として新たな姿を見せつつある。

我が浜峰の浜街道店が登場したのは、このような伊勢路再生のプロセスと軌を一にする。古道を歩くハイカーたちが求める干物は、熊野灘さんま漁300年の伝統と技に支えられ、『熊野古道の味』として新たな賑わいを作り続けているのである。

寺口瑞生(てらぐちみずお)  千里金蘭大学現代社会学部 教授(専門:地域社会学)
一魚一会ファンクラブ
リレーエッセー
2012年2月28日 還暦の記念冊子をいただきました。

第11回 2009年12月29日
出会いに感謝

寺口淳子(てらぐちじゅんこ)医療法人健康会京都南病院 看護部長

第10回 2009年10月31日
チューターのひとりごと

土屋雄一郎(つちや ゆういちろう)京都教育大学准教授

第9回 2009年6月16日
古くて新しい里

伊地知紀子(いぢちのりこ)愛媛大学法文学部 人文学科准教授


第8回 2008年9月30日
私と熊野〜後鳥羽上皇の熊野御幸をよみながら

松居和子(まつい かずこ)京都大学社会学研究室教務補佐


第7回 2008年6月30日
熊野古道の賑わいと味わい

寺口瑞生(てらぐちみずお)千里金蘭大学現代社会学部教授

第6回 2007年5月8日
四季を体験する方法

大野 哲也(おおの てつや)
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第5回 2004年12月29日
徐福伝説と冬の海

逵 志保(つじ しほ)
愛知県立大学文学部非常勤講師

第4回 2004年6月2日
暮らしの力

田原範子(たはら のりこ)
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第3回 2004年2月11日
このみの山ずま居

中村律子(なかむら りつこ)
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第2回 2004年12月07日
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古川 彰(ふるかわ あきら)
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第1回 2004年10月22日
熊野の毒

松田素二(まつだもとじ)
京都大学文学部教授:(アフリカ地域研究、地域社会学)

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